なぜだ!――インテグラルを追いかけていたら、成人発達の現場にたどり着いた話

最近、ふと気になったことがありました。
なぜだ!
昔からインテグラル理論の本を読んできた方なら、同じことを感じたことがあるかもしれません。
以前、ケン・ウィルバーやインテグラル理論の本といえば、私の頭の中では「春秋社」というイメージがかなり強くありましたよね。
私の書棚を眺めれば、ウィルバー、その隣にはアーノルド・ミンデル、春秋者の書籍たち、そしてまたウィルバー・・・。
「少し怪しくて、妙に壮大な人間理解の本は春秋社!」という、勝手な出版社分類まで頭の中にはできあがっていました。ところが、しばらくするとウィルバーの新しい邦訳をほとんど見かけなくなり、絶版も増えてきた。
「ああ、おもしろいインテグラル理論も、日本では興味を持たれないんだな」
と勝手に心配していたら、ある時期から今度はJMAM、日本能率協会マネジメントセンターから、インテグラル関係の本が次々に出てくるようになったのです。
「何があったんだろう?」
最初は本気で、春秋社がJMAMに版権でも売ったのではないかと思ったりしていたら、出版事情よりも私自身にとってずっと面白いことに気づいてしまいました。
昔、インテグラルを「世界観」として読んでいた

ケン・ウィルバーの書籍との出会いは、トランスパーソナル心理学に関心を持っていた頃まで遡り、最初の頃は「なんだか面白そうだ」という程度だったのですが、ところが『グレース&グリット』を読んだ前後から、ウィルバーという人の考えていることにずいぶん惹き込まれるようになりました。それがインテグラル理論だったのです。
人間の意識とは何なのか、発達とは何なのか、心理学、哲学、宗教、科学という、本来なら別々のコーナーに置かれている知識を、一つの大きな地図の上に置けないのか。「全部まとめて考えようやないか」という、いささか無謀ともいえるウィルバーの企てに、かなり魅了されました。
その後、ウィルバーの本は分厚くて、読み甲斐のある本が多いのですが少しずつ読み返しておりました。2014年には『万物の理論』の本読み会までやっています。
今振返ると、当時は、インテグラル理論を「世界を理解するための理論」として読んでいたように思います。
四象限:AQALがどうだ、段階:レベルがどうだ、領域:ラインがどうだ、ホロンとはなんだ・・・。なるほど。世界はそうなっているのか。本を読みながら、頭の中に巨大な世界地図を広げていたわけです。もちろん、それが今のICIの基盤になっています。
ただ、一つ問題がありました。
地図をずっと眺めていても、人は支援できない。当たり前のことなのですが、長いこと本を読んでいると、ときどき忘れます。
そこへ『ティール組織』がやってきた
2018年、日本で『ティール組織』が出版されました。
正直に言えば、それほどピンとこずに、「はいはい、ティールね」くらいだったのですが、ところが今、考えてみると、この書籍は日本におけるインテグラル理論の居場所をかなり大きく変えた本だったように思います。今度はインテグラル理論が、思想や心理学の棚から、人材開発や組織開発コーナーへ引っ越してきた。
そして、「人はどのように成長するのか」「組織の発達とは何なのか」「人のものの見方そのものは変化するのか」という問いが、企業やコーチング、能力開発の世界でも語られるようになっていきました。
JMAMさんから2021年に刊行された鈴木規夫さんの『人が成長するとは、どういうことか』は、まさに「成人発達理論×インテグラル理論」を掲げ、「発達研究の最前線を対人支援に活かす」という本です。
このあたりから、自分の中で関心の重心が徐々に変わっていきました。
インテグラル理論そのものを知ることよりも、それを使って目の前の人をどう理解するのか。
こちらの方が面白くなってきて、毎週火曜日にICIのメンバーがオンラインで集まり、徹底的にこの本を読む『深読み会』が、この時から始まりました。
そして、鈴木規夫さんがずっと先を歩いていた
今回調べてみて、個人的に一番面白かったのはここでした。鈴木規夫さんです。
鈴木さんは、日本におけるインテグラル理論の紹介者として私も以前から存じ上げていました。ところが経歴を改めて読んでみると、単にウィルバーを紹介してきた人ではない。
米国のCalifornia Institute of Integral Studies(CIIS)でインテグラル理論を研究し、帰国後はその普及に取り組むとともに、企業の人材育成や組織開発、コーチング、コンサルティングなどを実践し、成人発達理論についても、スザンヌ・クック=グロイターやテオ・ドーソンらに学び、発達段階の測定や発達志向型支援について研鑽を積みつつ、長年にわたり実務への応用に取り組んでおられます。
あれ? っと思いました!
これ、今やろうとしている方向と、かなり似ているではないですか。もちろん研究歴も専門性も比べものにならないのですが、でも、方向が同じなのです。
インテグラルを捨てて成人発達へ行くのではなく、インテグラルという大きな地図を持ったまま、成人発達というレンズを使って、実際の人の成長や支援を考える。
なるほど。勝手に自分で方向転換したつもりでいたのですが、よく見れば先に道ができていました。少し安心しました。「こっちでええんや」と。
出版社の謎を追ったら、人のネットワークが出てきた
さらに面白かったのは、JMAMさんからインテグラル関連書籍が出るようになった背景をたどると、出版社という法人よりも、人と人とのつながりが見えてきたことです。
その一人が、当時JMAMの編集者だった柏原里美さんです。
柏原さんは、自身が編集を担当した2019年の『インテグラル理論』について、『ティール組織』がムーブメントとなり、その先を学びたい人が現れたタイミングで、アクセスしにくくなっていたウィルバーの入門的著作を再び世に出せたことを振り返っています。
また、その出版に関わった人々の出会いを遡れば、岡野守也さんたちによるインテグラル思想の紹介へつながっていくことにも触れています。
『柏原里美「『インテグラル理論』重版ありがとうございます」を記念して』 note(2019年7月2日)
つまり、この流れは、突然JMAMから湧いてきたわけではなかった。
岡野守也さんがいる、鈴木規夫さんがいる、加藤洋平さんたち成人発達領域の実践者がいる、そこに柏原さんのような編集者がいる。そして、その周囲に人材開発、組織開発、コーチング、心理支援など、さまざまな実践者がつながっていく。
理論が移動したというより、理論を使って何かをしようとする人たちのネットワークが形成されていったと見る方が、どうやら実態に近いようなのです。
実際、柏原さんは現在も鈴木さんとIntegral Vision & Practice(IVAP)の活動に携わっています。IVAPの公開情報を見ると、鈴木さんと柏原さんが、成人発達、インテグラル理論、身体性、マインドフルネス、AIなどをさまざまな実践領域と接続しながら探究していることが分かります。
『人は「言葉にする」ことで成長する―AI時代の成人発達を考える』 note(2025年11月1日)
これは私にとって、なかなか勇気づけられる発見でした。
「理論を信奉する」ことから、「理論を使いながら疑う」ことへ
昔の私は、インテグラル理論にかなり惚れ込んでいました。「これで全部説明できるのではないか」くらいの勢いだったかもしれません。しかし今は、少し違います。
インテグラル理論は、今でもICIの重要な基盤です。ただし、それを正解として人に当てはめたいとは思わなくなりました。
むしろ、この人はいま、世界をどのように意味づけているのだろう、こちらの問いは、この人にとって本当に届く問いなのだろうか、支援者である自分自身は、どのような世界観からこの人を見ているのだろう。そんなことを考えるための地図として使うことが多くなりました。
これは成人発達理論への関心が深まったことと無関係ではありません。面白いことに、柏原さん自身も『インテグラル理論』について、頭でっかちにならず実践を重ねること、発達や変容を追い求めすぎないこと、理論を自分や他者を裁くためではなく、世界を認識し対話するための地図として使うこと、といった注意点を挙げています。
読んでいて、自分に対して、少し笑ってしまいました。ずいぶん遠回りして、同じところへ来た気がしたからです。
そして今、またJMAMの分厚い本を開いている
そんなわけで、今月からICIではマーク・D・フォーマンの『心の複雑さに向き合うとは、どういうことか』に取り組み始めました。これがまたJMAMです。
ここまで来ると、ちょっと出来すぎています。
この本は、成人発達理論とインテグラル理論を、心理療法や対人支援の実践の中でどう用いるのかを扱っています。JMAM自身も、理論を説明するための本というより、支援現場の葛藤や停滞、変化のプロセスを両理論から捉え直す実践知として紹介しています。
二十数年前、ウィルバーを読みながら、「人間とは何なのだろう」と考えていた人間が、いま、「では、目の前のこの人にどう関わるのだろう」と考えながら、同じインテグラルの系譜にある本を読んでいる。
理論を捨てたわけではありません。むしろ逆です。長いあいだ地図を眺めていたからこそ、ようやく地図を畳んで外を歩き始めたのかもしれません。
ICIで私たちがやろうとしていることも、たぶんその延長線上にあります。インテグラル理論を「教える」ことでも、成人発達理論を「使って人を分類する」ことでもない。
それらを背景に持ちながら、人がどのように自分自身をつくり、世界を意味づけ、変わっていくのか。そして、その生成のプロセスに支援者はどう居合わせることができるのか。
それを現場から考えていくこと。出版社の謎が気になって調べ始めただけなのですが、思わぬところで、自分たちの活動の現在地を確認することになりました。
本というものは不思議です。昔読んだときには「世界の地図」だった本が、十数年後に読み返すと「ここから歩け」という道標になっている。そして、その道をよく見ると、すでに先を歩いている人たちがいる。ならば、少なくとも道を大きく間違えてはいないのでしょう。
さて、火曜日の『深読み会』でもJMAMの分厚い本を紐解いていきます。
参考資料
- 日本能率協会マネジメントセンター 『人が成長するとは、どういうことか』
- Integral Vision & Practice(IVAP)鈴木規夫氏 プロフィール・活動紹介
- 柏原里美 「インテグラル理論との再会」
- Integral Vision & Practice(IVAP)活動紹介(note)
- 日本能率協会マネジメントセンター『心の複雑さに向き合うとは、どういうことか』
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