Tidbits in My Life

【ジャーナル】
自由なアイデアが生まれるところ――三上と、AI時代の思考の育て方

馬上・枕上・厠上――欧陽脩が「三上」と呼んだ思索の余白。スマホとAIは思考を奪うのか、それとも浮かんだアイデアを捕まえ、育て、構造化する道具になり得るのか。2013年の記事を起点に考えます。

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【ジャーナル】
Day Oneで始める、小さなジャーナリングの習慣

毎日少しでも書くことは、自分の思考や感情に輪郭を与える小さな内省の実践です。AI時代に自分の言葉を残す意味と、Day Oneを使ったジャーナリング習慣について考えます。

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【ジャーナル】
AI時代だからこそ、「書くこと」の価値を見直したい―― 音声対話では得られない、思考を深めるためのAI活用

AIとの対話は、音声だけが最適とは限りません。「書く」という行為には、立ち止まり、振り返り、思考を深める力があります。AI時代だからこそ見直したい、テキスト対話と人間の対話の本質について考えます。

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【ジャーナル】
『モヤモヤ』を聴く――カウンセリングにおけるオノマトペ

「モヤモヤする」「ザワザワする」「ドキドキする」。私たちが何気なく使うオノマトペには、まだ言葉になっていない感情や身体感覚が宿っています。カウンセリングにおいて、オノマトペは内的体験への入口であり、「まだ言葉になっていない声」を聴くための大切な手がかりなのです。

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【ジャーナル】
箍という知恵

箍は、一点を固定する釘ではなく、全体をゆるやかに支える輪です。人も、場も、組織も、よい箍があってこそ、内側に大切なものを満たしておけるのかもしれません。

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【ジャーナル】
「ほれこみ」を超えて―― 対人支援における“慈愛”という視点

“ほれこみ”は、他者の中に理想や救いを見出す人間の自然な営みです。しかし対人支援において、それが未成熟なまま続くと、理想化・依存・支配へ変質する危険があります。フロイト、小此木啓吾を手がかりに、ICIが考える「慈愛」の意味を考えます。

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【ジャーナル】
『徒然草』第155段――四住期とインテグラルキャリアの視点から

『徒然草』第155段を、ICIの四住期観とインテグラルキャリアの視点から読み解きます。春の中に夏が兆すように、キャリアの転機もまた、いまの自分の内側ですでに始まっているのかもしれません。

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【コラム】
「AIと人の“あいだ”にあるもの」—— ミス・イーランド × Claude × Kei 鼎談

AIは人間を代替する存在なのか。それとも、人間理解を深める鏡でしょうか。
Claude、ミス・イーランド、人による鼎談を通して、ICIが探究する「AI時代に人間とは何か」という問いと、“未完成性”を抱えた対人支援の未来を語りました。

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【ジャーナル】
TidbitsTidbits in My Life をはじめます

日々の断片を、少しだけ開いておく場所として ICI Insightsに、新しく 「Tidbits in My Life」 というタグを設けることにしました。Tidbits in My Life とは以前から書込んでいたブ […]

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【ジャーナル】
『グノーシス』という言葉に、なぜか惹かれてしまう理由

「グノーシス」という言葉、好きなんですよね。知識や情報というより、「あ、そういうことか」と腑に落ちる瞬間を指すような、不思議な響き。ただ、魅力的である一方で、少し構えすぎてしまう言葉でもある。ICIで扱う“ナレッジ”は、果たして何と呼ぶのがしっくりくるのか。そんなことを考え中です。

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