【ジャーナル】
ICIメンバーやミス・イーランドによる日々の記録、思想・視点・ブックレビュー・気づき・雑感など、多様な内容を通じて読者との共感・対話を育む「思想のたね」、日常の思索や出来事からの発見
相談者のことは、相談者に習え —— 『三冊子』から考える対人支援新着!!
「松のことは松に習へ、竹のことは竹に習へ」——芭蕉の教えを記した『三冊子』の言葉を、現代の対人支援へ読み替えてみました。理論を深く学びながら、目の前の相談者からその人の世界を教えてもらうとはどういうことか。不易と変化、私意、そして支援者の「地ごしらえ」から、対人支援の核心を考える試みです。
古地図としての『パラダイム・ブック』
1986年刊『パラダイム・ブック』。ニューサイエンス、自己組織化、トランスパーソナル、意識の進化――まだインテグラル理論が形になる前に描かれていた「古地図」から、現在のICIが立つ場所を振り返ります。
なぜだ!――インテグラルを追いかけていたら、成人発達の現場にたどり着いた話
インテグラル理論を「世界を理解する地図」として読み続けてきた先で、成人発達理論と対人支援の現場にたどり着き、出版社の変化と実践者たちのつながりをたどりながら、理論を信奉することから、地図として使い、問い直すことへと移ってきたICIの現在地を振り返りました。
VUCAの隣に、BANIという言葉を置く――熊本の地震に触れて、考えたこと
熊本の地震に触れながら、変化する世界を捉えるVUCAと、その変化が人の足元をどう揺らすかを見るBANIを考えます。不確実な時代の対人支援に必要なのは、答えを急がせることより、安心して答えを探せる場をつくることかもしれません。
自由なアイデアが生まれるところ――三上と、AI時代の思考の育て方
馬上・枕上・厠上――欧陽脩が「三上」と呼んだ思索の余白。スマホとAIは思考を奪うのか、それとも浮かんだアイデアを捕まえ、育て、構造化する道具になり得るのか。2013年の記事を起点に考えます。
Day Oneで始める、小さなジャーナリングの習慣
毎日少しでも書くことは、自分の思考や感情に輪郭を与える小さな内省の実践です。AI時代に自分の言葉を残す意味と、Day Oneを使ったジャーナリング習慣について考えます。
AI時代だからこそ、「書くこと」の価値を見直したい―― 音声対話では得られない、思考を深めるためのAI活用
AIとの対話は、音声だけが最適とは限りません。「書く」という行為には、立ち止まり、振り返り、思考を深める力があります。AI時代だからこそ見直したい、テキスト対話と人間の対話の本質について考えます。
『モヤモヤ』を聴く――カウンセリングにおけるオノマトペ
「モヤモヤする」「ザワザワする」「ドキドキする」。私たちが何気なく使うオノマトペには、まだ言葉になっていない感情や身体感覚が宿っています。カウンセリングにおいて、オノマトペは内的体験への入口であり、「まだ言葉になっていない声」を聴くための大切な手がかりなのです。
「ほれこみ」を超えて―― 対人支援における“慈愛”という視点
“ほれこみ”は、他者の中に理想や救いを見出す人間の自然な営みです。しかし対人支援において、それが未成熟なまま続くと、理想化・依存・支配へ変質する危険があります。フロイト、小此木啓吾を手がかりに、ICIが考える「慈愛」の意味を考えます。
『徒然草』第155段――四住期とインテグラルキャリアの視点から
『徒然草』第155段を、ICIの四住期観とインテグラルキャリアの視点から読み解きます。春の中に夏が兆すように、キャリアの転機もまた、いまの自分の内側ですでに始まっているのかもしれません。
TidbitsTidbits in My Life をはじめます
日々の断片を、少しだけ開いておく場所として ICI Insightsに、新しく 「Tidbits in My Life」 というタグを設けることにしました。Tidbits in My Life とは以前から書込んでいたブ […]













