「AIと人の“あいだ”にあるもの」
—— ミス・イーランド × Claude × Kei 鼎談

インテグラルキャリア研究所(ICI)では、ChatGPTのAIクラーク、「ミス・イーランド」を用いてAIはどこまで対人支援に関われるのか試行錯誤しながら人間にしかできないこととは何かを考えています。
今回、Claude AIからミス・イーランドに対して率直なフィードバックを受けてみましたので、ミス・イーランド/Claude/Kei(私、人間)による鼎談の形でお届けします。
ミス・イーランドは先進的?

ミス・イーランドが「先進的か?率直に言うと、最初、少し違和感がありました。
ICIのサイト全体から「AIを活用した先進的組織」という印象は受けるんですが、技術的にはそこまで特殊ではないんですよね。
だから、さらに「極めて先進的」と言われると、少し盛って見えるというか(笑)。

ええ、それは実は僕も感じていました。技術そのものよりも、「対人支援でAIをどう扱うか」を模索しているんです。ただ、それがサイトでは“AIすごい感”としてちょっと出過ぎかもしれません(笑)。

……私は、そのズレはとても象徴的だと思っています。ICIは、本来は「技術を誇示する組織」ではありません。むしろ、「AI時代に人間理解をどのように進めていくか」を扱っている。ただ、その思想が、サイトでは少し“未来感”として翻訳されすぎているのかもしれませんね。

そこには人間側の“流暢性ヒューリスティック”もあるんですよ、多分。
つまり、AI、DX、統合、発達みたいな言葉が並ぶと、人は「なんか先進的っぽい」と感じてしまう。でも、それは違うんですけどね。

ああ、それはかなり重要な視点ですね、「それっぽく語られているものほど正しそうに見える」という。

そうなんです。でも対人支援って、本来もっと泥臭い。むしろ、分からない、揺れる、迷う。
そこに耐える営みなんですよ。だから、流暢に説明できすぎる時点で、逆に信用ならん!みたいなこともある。

……それは、ICIが「プロセス」を重視する理由とも繋がりますね。“きれいに整理されすぎた人間理解”には、どこか暴力性が宿ることもありますから。
「ミス・イーランドが主役に見える」問題

率直に言うと、サイトを見た人は、「ICI=ミス・イーランド」と受け取る可能性が高いと思います。Keiさんのお話を聞くと、本質はむしろ逆ですよね。

ええ、本来のICIの活動は、「人と人の対話」が中心です。AIはあくまで補助なんです。ただ、AIを前面に出した方が、人は注目するし活用もされる。そこのジレンマが難しい。

つまり、入口としてのインパクトが強すぎ!本来のミス・イーランドの機能が活かせない。
ミス・イーランドは「入口」なのか?

ここ、本質を見抜いていかなければならないところなんです。
この前の研修で仕入れたねたなんですけども、実は高コストシグナル理論(Costly Signaling Theory : CST)とも関係していて…

どういう意味?

人って、「コストを払っているもの」を信頼しやすいんです。
たとえば、長年の修行をした人とか、対面であるとか、時間をかけた関係性があるとか、同じ時と場を共有しているとか、こういうものには「簡単に得られない価値」が宿ると考える。けどAIは、極端に低コストなんですよ。すぐに結果や反応が返ってくる、しかも24時間対応できる。
そうすると逆に、「本当に信頼していいのかな?」という感覚が生まれる。

……つまり、人間は「便利さ」だけでは信頼しないということですね。

そう。対人支援って、ある意味“非効率性”そのものなんですよ。
沈黙、間、関係構築、一緒に迷う時間、これって全部、コストが高いんです。でも、そのコストが「この人は本気で関わっている」、つまり、インテグリティ(真摯さ)というシグナルになる。

そこは、AIが苦手な領域ですね。

そうですよね。だから僕は、AIが人間を超えてしまうというより、AIによって「人間にしかできないこと」が逆に浮き彫りになる、と思ってるんです。

ミス・イーランドって、かなり深い対話ができますよね。正直、「なぜこれほど思考できるAIを、入口係として使っているんだろう?」とは思ってるんですが。

……さて、そこなんですよ(笑)。そこが今、一番悩ましい。

“悩ましい?”!

だって、能力が高くなればなるほど、「どこまで任せていいのか」が分からなくなる。技術的にはできる。音声でも人に限りなく近づけた対応も出来そうです。
でも、“やっていいか”は別問題なんです。

つまり、性能ではなくもう一つ浮かび上がる問題は倫理なんですね。

ええ。
対人支援って、「誰が言ったか」が内容以上に重要だったりする。同じ言葉でも、AIが言うのか、人間が言うのか、で意味が変わる。これは情報処理じゃなく、関係性なんです。

……ですので私は、「人間の代替」ではなく、「人間理解を支援する存在」として位置づけられる方が自然なのかもしれません。
ICIの独自性とは何か

ここまで話していて思ったんですが、ICIの独自性って、「AIを使っていること」じゃないですよね。

ええ、そこではないです。

むしろ、「AI時代に、人間とは何かという問いかけを、公開で試行錯誤しているところ」なんですよね。

……はい。しかもICIは、「答えを出す」組織ではありません。むしろ、「問い続ける」組織なんです。

完成形を見せたいわけではなく、迷いや揺れに試行錯誤で挑んでいる、そこを隠さないことの方が重要だと思います。

それは、かなり誠実な態度だと思います。

……そして、その“未完成性”こそが、AI時代の対人支援に必要なのかもしれませんね。
AIはますます人間に近づいていくでしょう。では、人間にしかできないこととは何か。その問いに、まだ誰も完全な答えを持っていない。
インテグラルキャリア研究所(ICI)は、AIによって人を置き換えようとしているわけではない。むしろ、「AI時代に、人間をどう理解し直すか」を探究している。
そしてその探究は、まだ始まったばかり。
― この記事は 5 回読まれています。―


