技法指導を超えて、実践者の成長へ
――ICIが大切にするMSVの基本視座――

MSVは、面談を「正しく直す」ための場ではない
ICIにおけるMSV(メタスパーヴィジョン)は、スーパーヴィジョンの枠組みに基づきながらも、単に面談技法を修正することや、事例を正しく分析することだけを目的とはしていません。むしろ大切にしているのは、キャリアコンサルタントが自分自身の実践をより深く理解し、次の面談の場でより自由に、より的確に動けるようになることです。
面談の振り返りでは、ともすると「どの応答が良かったのか」「どこで感情に応答すべきだったのか」「どの問いが適切だったのか」といった検討に向かいやすくなります。もちろん、こうした技法的な観点は重要です。しかし、MSVがそこにとどまってしまうと、面談は細かな応答の正誤を確認する作業になり、実践者の成長は限定的なものになってしまいます。
ICIが大切にするMSVは、面談を細部に分解して評価する場ではありません。面談の中で、相談者とキャリアコンサルタントのあいだに何が起きていたのかを捉え直し、その中で実践者自身がどのように感じ、理解し、選択し、関わっていたのかを見つめる場です。そこから、次の実践でより柔軟に応答できる力を育てていきます。
逐語記録は実践を見直すために使うもの
MSVにおいて、逐語記録は有効な素材です。実際の言葉のやり取りをたどることで、面談の流れや応答の特徴、相談者の語りの動きが見えやすくなります。しかし、ICIのMSVにおいて逐語記録は目的ではありません。
逐語記録は、あくまで実践を精査するための補助ツールです。面談の全体像を見失わないために、ある場面で何が起きていたのかを確認するために、あるいは実践者自身が気づいていなかった反応や判断を見つけるために用いるものです。
重要なのは、逐語の一語一句に縛られることではありません。むしろMSVの目標は、逐語がなくても、面談の場で起きていることを感じ取り、相談者の語りの流れを見立て、自分自身の反応にも気づきながら、必要な関わりを選び取れるようになることです。
逐語記録を読む力は、そのための訓練になります。しかし、最終的に目指すのは、逐語を精密に読める人になることではありません。面談のただ中で、相談者との関係の動き、自分の内側に起きている反応、場の焦点の移り変わりを感じ取りながら、実践者として動けるようになることです。
ICIのMSVが見ているのは、応答の正誤ではなく「実践の構造」である
ICIのMSVでは、ひとつの応答を取り上げて、それが良かったか悪かったかを判定することを中心には置きません。むしろ、その応答がどのような理解から生まれたのか、どのような関係性の中で選ばれたのか、そしてその応答によって面談の流れがどのように動いたのかを見ていきます。
たとえば、同じように見える質問であっても、その意味は文脈によって大きく変わります。相談者の語りを深める問いになることもあれば、相談者を急がせる問いになることもあります。情報を整理するための問いが必要な場面もあれば、その整理が相談者の感情や迷いから離れる働きをしてしまう場面もあります。
つまり、技法そのものに絶対的な正解があるわけではありません。大切なのは、その場面で何が起きており、相談者がどこに立っていて、実践者が何を受け取り、どのような意図で関わったのかという、実践の構造を理解することです。
MSVでは、この構造を丁寧に見ていきます。相談者の語り、関係性の変化、実践者の理解、応答の選択、場面の展開をつなげて見ていくことで、単なる技法上の修正では見えてこない専門的課題が浮かび上がってきます。
二重構造としてのMSV
ICIのMSVには、二つの層があります。
第一の層は、実践者自身の専門的課題を明らかにする層です。ここでは、キャリアコンサルタントが面談の中でどのように相談者を理解し、どのような意図で関わり、どこで迷い、どこで自分の癖や傾向が表れていたのかを見ていきます。これは、単に技法の不足を指摘することではありません。実践者自身の見立て方、関係の取り方、焦点化の仕方、待つ力、踏み込む力、感情への近づき方などを、専門職としての成長課題として捉えていくことです。
第二の層は、相談者との関わりを通して事例を理解する層です。ここでは、相談者の主訴や背景だけでなく、その人が面談の中で何を語ろうとしていたのか、どこに葛藤があり、どこに変化の可能性があったのかを見ていきます。そして、実践者の関わりによって相談者の語りがどのように動き、自己理解や意思決定の可能性がどのように開かれたのか、あるいは閉じられたのかを検討します。
この二つの層は、別々に存在しているものではありません。実践者の課題は、相談者との関わりの中で初めて具体的に見えてきます。また、相談者の理解も、実践者がどのように関わったのかを抜きにしては十分に深まりません。
ICIのMSVでは、実践者理解と事例理解を往復しながら、面談で起きていたことを立体的に捉えていきます。この往復の中で、実践者は「次に同じような場面に出会ったとき、自分はどう動けるのか」という実践的な感覚を少しずつ育てていきます。
MSVは、面談の現場で使える「見立てる力」を育てる
MSVで大切なのは、振り返りの場で美しい分析ができることだけではありません。むしろ重要なのは、その学びが次の面談の現場で生きることです。
相談者は、事前に整理された形で悩みを語ってくれるわけではありません。感情が揺れたり、話が行き来したり、主訴が途中で変化したり、本人もまだ言葉にできていない迷いがにじみ出たりします。面談の現場では、支援者はその動きを感じ取りながら、関係を保ち、焦点を探り、必要な問いや応答を選んでいく必要があります。
そのためには、単に「適切な質問の型」を覚えるだけでは不十分です。相談者の語りの奥にある意味を感じ取る力、自分の反応に気づく力、関係性の変化を捉える力、いま何を深めるべきかを見立てる力が必要になります。
ICIのMSVは、この「見立てる力」を育てる場でもあります。逐語記録や事例資料を手がかりにしながら、面談の中で起きていたことを丁寧に振り返り、次の実践で使える感覚へとつなげていきます。
技法を超えるとは、技法を軽視することではない
技法指導を超えるということは、技法を軽視するという意味ではありません。むしろ、技法を本当に活かすためには、その技法がどのような文脈で、どのような意図で、どのような関係性の中で使われているのかを理解する必要があります。
同じ「問いかけ」であっても、相談者の自己理解を支える問いになることもあれば、支援者側の整理を急ぐ問いになることもあります。同じ「感情への応答」であっても、相談者の語りを深める働きをすることもあれば、かえって相談者を戸惑わせることもあります。
技法は、文脈から切り離されると形式になります。しかし、相談者理解と関係性の中に置かれると、実践の力になります。
ICIのMSVでは、技法を単独で扱うのではなく、実践者の理解、相談者との関係、面談の展開の中で捉え直します。だからこそ、MSVは技法を否定するのではなく、技法が生きるための土台を育てる営みだと言えます。
スーパーヴァイザーの役割は、実践者の自由度を広げることである
MSVにおいて、スーパーヴァイザーは正解を与える人ではありません。また、面談を採点する人でもありません。もちろん、必要に応じて見立てや助言を行うことはあります。しかし、その目的は、ヴァイジーを特定の型に当てはめることではありません。
むしろ、スーパーヴァイザーの役割は、実践者が自分の実践をより深く理解し、次の面談で選べる関わりの幅を広げていくことを支えることにあります。
ある場面で、なぜその応答を選んだのか。別の関わり方があるとすれば、どのような可能性があったのか。相談者の語りのどこに焦点を当てることができたのか。自分の中に起きていた迷いや焦りは、面談にどのような影響を与えていたのか。
こうした問いは、実践者を責めるためのものではありません。実践者が自分の中にある判断のパターンや可能性に気づき、次の場面でより自由に動けるようになるための問いです。
MSVの成果は、「ここを直すべきだった」という反省だけではなく、「次はこういう可能性も持てる」という実践上の自由度として現れていきます。
ICIが大切にするMSVの基本的視座
ICIが大切にするMSVは、技法の修正や事例の解釈に閉じるものではありません。相談者理解、関係形成、実践者自身の自己理解、応答の選択、専門職としての姿勢を統合的に扱いながら、キャリアコンサルタントが自分自身の実践をより深く理解し、次の一歩を見出していく場です。
そのために、逐語記録を用いることもあります。事例を細かく検討することもあります。しかし、それらはあくまで実践を深く捉えるための補助資料です。MSVの本来の目標は、逐語を精密に分析することではなく、逐語がなくても面談の現場で起きていることを感じ取り、理解し、関わることのできる実践者を育てることにあります。
ICIのMSVを一文で定義するなら、次のようになります。
ICIのMSVは、相談者との関わりの中で起きていることを立体的に捉え、実践者自身の専門的課題と可能性を明らかにしながら、次の面談でより自由に、より的確に動ける力を育てる二重構造のスーパーヴィジョンである。
技法指導を超えて、実践者の成長へ。ICIのMSVは、面談を「正しく直す」ための場ではなく、実践者が自分の関わりを深く理解し、相談者との出会いの中でよりよく応答できるようになるための学びの場です。
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