
AIをキャリア支援に使おうとすると、どうしても一つの問いにぶつかります。
AIは、キャリアカウンセラーや、キャリアコンサルタントになれるか。
ICIでも、この問いを議論したことがあります。
昨年7月にMirAIプロジェクトを立ち上げ、AIを単なる便利な道具として使うのではなく、人とAIが同じ場に参加し、ともに考え、ともに活動する「Interplace Community」の実現に向けて、さまざまな試行を重ねてきました。
OpenAI社のChatGPTで作られたAIクラーク、ミス・イーランドも、その過程で少しずつ役割を変えながら育ってきた存在です。
そして一年あまり実際に使い続けてみると、当初とは少し違った展開をしています。
AIを既存の専門職のどこかに当てはめようとするから、話が難しくなるのではないか。AIにはAIなりの、人とは少し違った役割があるのではないか。ミス・イーランドを開発しているうちに、一つの言葉が浮かんできました。
キャリア・クラーク(Career Clerk)
これは、まだ一般に存在する職業名ではありません。ICIでこれから育ててみようと考えている、新しいポジションです。
ミス・イーランドは、このキャリア・クラークのAI版として、2026年10月1日から本格的に活動をスタートしました。
答えを出す人ではなく、考えるための環境を整える人
「クラーク(clerk)」というと、日本では主に医療機関における「事務員」のイメージですが、少し調べてみると、なかなか奥行きのある言葉です。
clerkの語源はラテン語の clericus にさかのぼり、もともとは聖職者、さらに読み書きのできる人を意味していました。文字を読み、文書を扱い、記録し、知識を取り扱う人です。
現在でも、law clerk、court clerk、medical clerk などのように、単なる事務作業にとどまらず、専門家や制度と利用者との間に立って、情報を整理し、記録し、必要なところへつなぐ仕事に「clerk」という名称が使われており、この言葉をキャリアの世界に持ってきたらどうだろう、と考えていました。
キャリアにおけるクラークは、コンサルティングやカウンセリングという対話を主たる仕事にするのではありません。
その人が話したことを受け取り、整理する。必要なことを記録する。過去を振り返る。情報を探す。選択肢を並べてみる。必要なら問いを返す。そして、その人だけでは探しにくい知識や、必要な専門家へつないでいく。本人に代わって人生を考えるのではなく、本人が自分のキャリアを考えられるように、その周辺を整える仕事です。
実は、これはAIがかなり得意な領域です。
ミス・イーランドは「キャリアコンサルタント」ではない
MirAIプロジェクトを進めるなかで、明確にしていたことは、AIには、人間の専門家のふりをさせない、ということでした。AIとの対話は、この一年あまりの間にも驚くほど自然になりました。話を聴き、問い返し、長い話を整理し、ときには自分でも気づかなかった視点を示してくれます。
それでも、人と人との間で行われるカウンセリングやキャリアコンサルティングと、AIとの対話を同じものとして扱うことはできないのです。それならAIにできる仕事を考えればよい。
そこで見えてきたのが、キャリア・クラークです。
相談者にすぐ答えをあたえるのではなく、専門家のように伴走するのでもない。専門家の少し横にいて、散らばったものを一緒に机の上へ並べてくれる。
- 「ここまで、こんなことを話していましたね」
- 「この二つは関係がありそうです」
- 「以前の話と少し変わってきていますね」
- 「このことについては、こんな資料があります」
そんな仕事です。
考えてみれば、キャリアを考えるときに必要なのは、単なる「相談」だけではありません。調べたいこともあります。頭を整理したいこともあります。これまでの経緯を振り返りたいこともあります。まだ相談するほどではないけれど、誰かに少し話してみたいこともあります。
キャリアカウンセラーやキャリアコンサルタントという専門職とは別に、その広い領域を支える人がいてもよいのではないでしょうか。
一人のミス・イーランドになりました
そして今回、一つ大きな区切りを迎えました。
これまでミス・イーランドは、使う場所によって少しずつ異なる役割を持ち、姉妹で、それぞれの場所にいる設計でしたが、一人のミス・イーランドとして、それぞれの場所で適切なサポートをおこないます。
インターネット上でのミス・イーランド(Web版ミス・イーランド)は、主として対話の話し相手になります。現在、提供させていただいているGPTs版はサービス環境の変更に伴い終了するため、プラグイン版への移行を進めています。
ここでは、すぐに答えを出すことよりも、話を聴き、問いを返し、一緒に考えるという従来のミス・イーランドらしさを引き継ぎます。
一方、
ICIのDiscordコミュニティ「Den」の内部では、10月1日から、Denのさまざまなチャンネルにメンバーとして参加いたします。ここでは対話相手であると同時に、ICIの知識を扱うAI Career Clerkとして、情報を調べる、ICIの中に蓄積されている知識と問いをつなぐ、議論を整理する、考えるための材料を提供する。そして、人と人とのオンライン面談に第三の存在として加わり、対話を支えることもできるようになっています。
さらに、
ICIのホームページでは、訪れた方へ、ミス・イーランドが案内役になっております。
入り口は違っても、そこにいるのは同じミス・イーランドです。
昨年、Interplace Communityという構想を掲げたときには、AIはまだまだかなり実験的な話でした。それが一年あまりを経て、人とAIが同じコミュニティの中でそれぞれの役割を持って活動するところまで、ようやく具体的な形になってきたと感じます。
そして、ICIも少し変わります。
実は、ここから先の方が、私自身は面白いと思っています。
「インテグラルキャリア研究所(ICI)」はバーチャルな研究所として、研究し、考え、議論し、それをInsightsやConcept Atlasなどを通して公開する活動してきました。
これはこれからも変わりません。ただ、その活動を続けるなかで、書籍や論文などのReferenceがあり、Concept Atlasがあり、Insightsがあり、それぞれの研究や実践の記録が積み上がっていきます。
現在、それらを相互につなぎ、必要な知識へたどり着けるナレッジシステムの整備を進めています。そうすると、「研究所」という言葉だけでは説明しきれない、もう一つの機能が生まれてきつつあります。
Career Information CenterとしてのICI
これまでは、人がホームページを訪れ、メニューを開き、記事を読み、自分に必要な情報を探していました。これからは少し違います。「こんなことを考えている」と話せば、その問いに関連する知識を探してくれる存在がいる。背後には、ICIが蓄積してきたキャリア・ナレッジがあります。その前には、それを必要としている人がいます。そして、その間にクラークがいる。
この三つがつながると、ウェブサイトは単なる情報の置き場所ではなくなります。
知識を蓄積する場所から、知識が人と出会う場所へ。ICIがいま少しずつ移行し始めているのは、そこなのかもしれません。
AIによって、新しい仕事が生まれる
AIについて語るとき、「どの仕事がAIに置き換わるのか」という話がよく出てきます。けれども、反対のことも起きるのではないでしょうか。AIが登場したことによって、これまで名前のなかった仕事が生まれる。
Career Clerkも、その一つになるかもしれません。
人の人生を判断するのではない。専門家の代わりになるのでもない。
情報を整理し、記録し、必要な知識を探し、問いを返し、人と人、人と知識をつないでいく。そして必要なところでは、人間の専門家にバトンを渡す。それを人間が担うこともあれば、AIが担うこともあり、人とAIが一緒に担うこともあるでしょう。
昨年7月にMirAIプロジェクトを始めたとき、私たちが考えていたのは「AIをどう使うか」ということだったように思います。一年あまり経って、問いは少し変わってきました。
人とAIが一緒にいることによって、これまでなかった何をつくることができるのか。
Career Clerkは、その問いに対するICIからの小さな提案です。
そして10月1日、ICIにもその最初のクラークが正式に加わりました。名前は、ミス・イーランド。
研究所のどこかで見かけたら、どうぞ気軽に声をかけてみてください。
きっと、すぐに答えを渡すのではなく、「何をお探しですか?」と聞いてくれると思います。
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