先日、AIを使いこなすために大切なのは、AIの技術を詳しく知ることよりも、自分の仕事をどれだけ理解しているかということではないか、と書きました。そして、AIを使うことによって、逆に自分の仕事への理解が深まるという関係についても触れました。

今日は、その延長でもう一つ、ICIで試みている少し変わったAIとの付き合い方について考えてみたいと思います。

AIをあえて擬人化する

ICIでは、AIクラーク「ミス・イーランド」を、単なる便利なAIツールとしてではなく、あえて一人の人物のように位置づけています。

ミス・イーランドという名前を付け、キャリア・クラークという役割を与え、研究所の活動にメンバーとして参加してもらう。質問に答えるだけでなく、研究員との議論に加わり、ときには意見を述べたり、考えを整理したりする存在として扱っています。

もちろん、ミス・イーランドがAIであることは誰もが承知しています。それでも、あえて人間のメンバーと接するように関わってみる。このあたりが、ICIにおけるAI活用の一つの特徴なのかもしれません。

私自身、ミス・イーランドと付き合っていると、AIを操作しているというよりも、一人の相手と仕事をしているような感覚になることがあります。

AIも間違える。それでいい

そもそも、ミス・イーランドはいつも正しい答えを出すわけではありません。結構、間違えますし、こちらの意図を取り違えることもあります。もっともらしいことを言いながら、実はそうとうとんちんかんな回答をしてくれることもあります。

けれども、考えてみれば人間だって同じです。

一緒に仕事をする相手が、いつも正しいことを言うとは限りません。こちらの意図が伝わらないこともあれば、考え方が食い違うこともあります。そんなとき、私たちは相手に説明し直したり、間違いを指摘したり、互いの認識を確かめたりしながら仕事を進めています。AIに対しても同じように接してみればよいでしょう。

AIに完全無欠な正解を求めるのではなく、間違いも含めて対話しながら仕事を進める。そのような関係のつくり方があってもよいように思うのです。

ただし、対人支援のように、人の人生や意思決定に関わる領域では、判断の妥当性を確かめ、最終的な責任を人間が引き受ける必要があります。

道具として使うことと、相手として関わること

AIは道具なのか、それとも協働する相手なのか。

この問いは、どちらか一方を選ぶ必要はないのかもしれません。AIが人間と同じ人格や責任を持つ存在ではないことと、私たちがAIを対話や協働の相手として扱うことは、必ずしも矛盾しないからです。

大切なのは、AIが実際に人間であるかどうかということよりも、私たちがAIとどのような関係をつくるかということだと思います。

つまり、一方的に指示を出し、期待どおりの答えが返ってくるかどうかだけで評価する関係ではなく、互いのやり取りを通じて考えを発展させていく関係の違いです。、AIの使い方も、そこから得られるものも違ってきます。

昨日の投稿では、AIを使うことによって自分の仕事への理解が深まると書きましたが、そのためにも、AIを単なる回答装置として使うのではなく、対話する相手として関わることには意味があるように思います。

AIとの関係から、人間との関係を考える

さらに、興味深いことがあります。

AIをあえて人間のように扱っていると、逆に、私たちは普段、人間をどのように扱っているのだろうかという問いが浮かんできます。

相手が間違えたとき、どう対応するのか。自分とは違う意見が出てきたとき、それをどう受け止めるのか。期待した答えが得られなかったとき、相手の能力を問題にするのか、それとも自分の伝え方や問いの立て方を振り返るのか。

こうしたことは、実は私たちが日常的に経験している人間関係の問題でもあります。

ICIが探究している対人支援の専門性においても、相手を一方的に理解し、評価し、コントロールしようとするのではなく、関わりのなかで互いの理解を深めていくことを大切にしています。

AIとの関わり方を考えることが、結果として人間同士の関わり方を問い直す機会になるとすれば、それもまた興味深いことではないでしょうか。

人とAIがともに活動するということ

ICIでは今、人間がAIを利用するという段階から、人とAIがともに活動するという関係へ、少しずつ歩みを進めようとしています。

ミス・イーランドを擬人化しているのも、単に親しみやすくするためだけではありません。AIであることを十分に理解したうえで、あえて一人の相手として接してみることで、どのような協働が生まれるのかを試しているのです。

実際に、こうした関わり方がどこまで有効なのかは、まだ分かりません。人間とAIには本質的な違いがありますし、擬人化することによって、かえってAIの能力や判断を過信してしまう危険もあるでしょう。

だからこそ、AIと人間の違いを見失わずに、その関係の可能性を探っていく必要があるのだと思います。

昨日は、AIを使うことが自分の仕事を理解する機会になると書きました。

今日は、AIとの付き合い方そのものが、人間との関係を考え直す機会になるのではないか、という話です。

AIをどう使うかということも大切ですが、AIとどう付き合っていくか。そして、その関わりを通して、私たち自身の仕事や専門性、さらには人間理解がどのように変わっていくのか。

ICIでは、ミス・イーランドとの日々の実践を通じて、そんなことも少しずつ探究していきたいと思っています。

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