「松のことは松に習へ、竹のことは竹に習へ」

向井去来と並ぶ芭蕉の高弟、服部土芳が、師・松尾芭蕉の俳論を書き留めた『三冊子』に、以下のような、よく知られた言葉があります。

「松のことは松に習へ、竹のことは竹に習へ。」

俳句をつくるのであれば、松について自分が知っていることを並べるのではない。松そのものに向き合い、松から学べ、という意味ですが、この言葉は、そっくりそのまま対人支援にも通じると思います。

ICIが対人支援者の専門職発達について考えてきたことと、驚くほど同型の構造が見えてきます。対応関係を先に示すと、

  • 「風雅の誠」は支援の核心・本質、成長・真摯さ(インテグリティ)
  • 「俳諧」は実際の支援実践
  • 「句」はその場で生起する具体的な応答や問い
  • 「古人・師」は先人の実践知・理論・優れた実践者
  • 「私意」は支援者自身の思い込み・価値観・見立てへの固執
  • 「地ごしらえ」は支援者自身を整え続ける専門職発達

と置くことができそうです。

そして「松のことは松に習へ」は、そのまま「相談者のことは相談者に習え」になる。これは私の師匠である友田先生の口癖でもありました。そして今のICIの対人支援観でもあります。

以下は『三冊子』を解説する文章ではなく、三節の論理構造をできるだけ保ったまま、もし現代の対人支援者のために書かれていたならどうなるか、という翻案を作ってみました。

引用元:服部土芳『三冊子』、『新編 日本古典文学全集88 連歌論集・能楽論集・俳論集』小学館

〔一〕不易と支援の変化

 師の風雅に、万代《ばんだい》不易《ふえき》あり、一時の変化あり、この二つに究《きはま》り、その本一《もとひと》つなり。その一つといふは風雅の誠《まこと》なり。不易を知らざれば、実《まこと》に知れるにあらず。不易といふは、新古によらず、変化流行にもかかはらず、誠によく立ちたる姿なり。
 代々《よよ》の歌人の歌を見るに、代々その変化あり。また、新古にもわたらず、今見る所昔見しに変らず、哀《あはれ》なる歌多し。是《これ》まづ不易と心得《こころう》べし。
 また、千変万化する物は自然《じねん》の理なり。変化にうつらざれば風《ふう》あらたまらず。是に押しうつらずといふは、一旦《いったん》の流行に口質《くちつき》時を得たるばかりにて、その誠を責めざるゆゑなり。責めず、心をこらさざる者、誠の変化を知るといふ事なし。ただ人にあやかりてゆくのみなり。 責むる者は、その地に足をすゑがたく、一歩自然に進む理《ことわり》なり。
 行末《ゆくすゑ》幾千変万化するとも、誠の変化はみな師の俳諧なり。「かりにも古人の涎《よだれ》をなむる事なかれ。四時《しいじ》の押しうつるごとく物あらたまる、皆かくのごとし」ともいへり。
 師末期《まつご》の枕に、門人、この後の風雅を問ふ。師の曰く「この道の我《われ》に出でて、百変百化す。しかれども、その境《さかひ》、真《しん》・草《さう》・行《ぎやう》の三つをはなれず。その三つの中にいまだ一、二をも尽《つ》くさず」となり。生前をりをりの戯《たはむ》れに、「俳諧いまだ俵口《たはらぐち》をとからず」ともいひ出でられし事度々《たびたび》なり。

対人支援には、時代が変わっても変わらないものと、時代とともに変わらなければならないものがある。この二つは別々のものではなく、その根は一つである。その一つとは、支援の核心・インテグリティである。

変わらないものを知らなければ、対人支援を本当に知ったことにはならない。変わらないものとは、古い理論か新しい理論か、伝統的な方法か最新の方法かによって決まるものではない。流行する技法にも左右されず、相談者という一人の人間に誠実に向き合うところに成立する支援のあり方である。

これまで多くの支援者が、それぞれの時代に、それぞれ異なる理論や方法を用いてきた。支援の形は時代によって変化する。しかし、時代を超えて今なお私たちの心を動かす優れた実践がある。そこには、方法の違いを超えて、一人の人間に向き合う何かがある。まずこれを、対人支援における「不易」と心得るべきである。

一方で、支援の方法が変化していくこともまた自然の理である。社会が変わり、人の生き方が変わり、相談者が抱える問題が変われば、支援も変わらなければならない。理論も技法も、キャリアの捉え方も変化する。AIのような新しい存在が支援の場に入ってくることも、その変化の一つである。

変化しないことが、必ずしも誠実なのではない。

ある時代に有効だった方法を身につけ、それがうまくいったからといって、いつまでもその方法にとどまるならば、それは支援の本質を守っているのではなく、単に自分の慣れ親しんだ方法を守っているだけかもしれない。

支援の核心を問い続け、自分自身を省察し続ける者は、一つの理論、一つの技法、一つの成功体験に安住することができない。相談者と社会が変われば、自らの支援もまた自然に一歩先へ進んでいく。

したがって、これから対人支援の理論や方法が幾千幾万に変化するとしても、それが支援の誠から生まれた変化であるならば、その根は同じである。

先人の方法を学ぶことは大切である。しかし、先人の言葉や技法をそのまま繰り返すことが、先人から学ぶことではない。季節が移り変わるように、支援もまた変化する。先人から受け継ぐべきものは、その人が使った方法そのものではなく、その方法を生み出した問いと精神なのである。

対人支援の道は、いまだ完成していない。私たちはまだ、その入口に立っているにすぎない。

〔二〕支援の核心を問い続ける

「高く心を悟りて、俗に帰るべし」との教なり。「つねに風雅の誠を責め悟りて、今なす所、俳諧にかへるべし」といへるなり。
 常《つね》風雅にゐるものは、思ふ心の色物となりて、句姿定まるものなれば、取物《とるもの》自然《じねん》にして子細《しさい》なし。心の色うるはしからざれば、外《そと》に言葉を工《たく》む。是《これ》すなはち常に誠を勤《つと》めざる心の俗なり。
 誠を勉《つと》むるといふは、風雅に古人の心を探《さぐ》り、近くは師の心よく知るべし。その心を知らざれば、たどるに誠の道なし。その心を知るは、師の詠草の跡を追ひ、よく見知りて、すなはちわが心の筋を押し直し、ここに赴《おもむ》いて自得するやうに責むる事を、誠を勉《つと》むるとはいふべし。

高く学び、深く考え、そして相談者のいる現実へ帰るべきである。理論を学び、人間について考え、発達やキャリアについて理解を深めることは重要であるが、そこで終わってはならない。高い視座で得た理解は、目の前の一人の相談者との対話へと活かせなければならない。

優れた支援者は、覚えた技法を外側から当てはめて支援するのではない。相談者と向き合う中で、その人の言葉、沈黙、感情、迷い、語られていないものを受け取り、その場から自然に問いや応答が生まれてくる。理論や技法はその背後にあるが、それ自体が前面に出ることはない。

支援者自身が十分に鍛えられていなければ、外側から言葉を工夫することになる。「ここではこの質問をするべきだ」「この技法を使えばよい」「この人はこの発達段階にいる」「この問題にはこの理論が当てはまる」そうして、相談者を見るより先に、支援者の知識によって相談者を説明し始める。これは、理論を知ることと、支援ができることは同じではないことを示している。

支援の核心を身につけるには、先人の実践を学び、理論を学び、優れた支援者が何を見て、何を聞き、何を問い、そして何をあえてしなかったのかを探究しなければならない。しかし、それを知識として覚えるだけでは足りない。先人の実践を鏡として、自分自身の支援を押し直すのである。

なぜ私はここでこの問いをしたのか。なぜ私はこの沈黙を待てなかったのか。なぜ私はこの相談者をこのように理解したのか。そこに私自身の価値観や不安や期待は入り込んでいなかったか。そのように、自らの支援を問い、自らのあり方を鍛え続ける。これが、対人支援において「支援の核心を勉むる」ということである。


〔三〕私意の克服――相談者のことは相談者に習え

師の思ふ筋にわが心を一つになさずして、私意《しい》に師の道をよろこびて、その門をゆくと心得顔にして、私《わたくし》の道を行く事あり。門人よく己《おのれ》を押し直すべき所なり。
「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と師の詞のありしも、私意をはなれよといふ事なり。この習へといふ所を己《おの》がままにとりて、終《つい》に習はざるなり。
 習へといふは、物に入りて、その微《び》の顕《あらは》れて情感ずるや、句と成る所なり。たとへ物あらはにいひ出でても、その物より自然に出づる情にあらざれば、物と我二つになりて、その情誠に至らず。私意のなす作意なり。
 ただ、師の心を常にさとりて、心を高くなし、その足下《あしもと》に戻りて俳諧すべし。師の心をわりなく探《さぐ》れば、その色香わが心の匂ひとなり、うつるなり。詮議《せんぎ》せざれば、探るにまた私意あり。詮議穿鑿《せんさく》、責むるものは、暫《しばら》くも私意にはなるる道あり。ただ、おこたらず詮議穿鑿すべし。是《これ》を専用の事として、名を地《ぢ》ごしらへといふ。風友《ふういう》の中の名目《みゃうもく》とす。

優れた理論を学び、優れた指導者から教えを受け、その考え方に共感しているからといって、その人が同じ支援の道を歩いているとは限らない。理論を自分の都合のよいように理解し、「私はこの理論に基づいて支援している」と思いながら、実際には自分自身の価値観や思い込みによって相談者を見ていることがある。対人支援者が最も注意しなければならないところである。

「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え。」

これを対人支援の言葉に置き換えるならば、

「相談者のことは、相談者に習え。」

ということである。

相談者を、自分の理論に習わせてはならない。相談者を、自分の人生観に習わせてはならない。相談者を、自分の成功体験に習わせてはならない。支援者が相談者について知っていると思っていることから、いったん離れなければならない。

相談者から学ぶとは、その人の世界に入り、その人が何を見ているのか、何を感じているのか、何を恐れ、何を願い、どのように自分の人生を意味づけているのかを、その人自身から教えてもらうことである。そこまで相談者に近づいたとき、これまで見えていなかった微細なものが現れてくる。

そのとき初めて、問いが生まれる。

支援者があらかじめ用意していた問いではない。理論から導き出した問いでもない。その相談者との対話の中から、そこでしか生まれない問いが立ち上がる。

たとえ支援者が相談者について多くのことを言い当てたとしても、それが相談者自身から立ち現れてきた理解でなければ、相談者と支援者は二つに分かれたままである。

そこにあるのは、相談者の理解ではなく、支援者が作り上げた相談者像である。

これが、対人支援における「私意」である。だからこそ、支援者は理論を深く学ばなければならない。同時に、理論を手放せるところまで学ばなければならない。

先人の思想や実践を徹底して探究し、それを自らの内に通し、自分自身のものとなるまで鍛える。そうすれば、支援の場で理論を意識して振り回さなくても、それは支援者の眼差しや問いや沈黙の中に自然に現れるようになる。

しかし、探究を怠れば、そこには再び私意が入り込む。だから支援者は、自らの実践を振り返り、他者との対話に開き、スーパーヴィジョンや事例検討を通して、自分が何を見て、何を見落としているのかを問い続けなければならない。これは、より多くの技法を身につけるためだけの修練ではない。

自分の見方そのものを整え、必要なときには自分の見方から離れることのできる自分をつくるための修練である。

『三冊子』の言葉を借りるならば、これが対人支援者にとっての「地ごしらえ」である。


「松のことは松に習へ」は、「相談者を中心に置く」というだけでは収まらない

この言葉の本質は、支援者を理解する主体、相談者を理解される客体とする主客二分の構図を、一度超えさせるところにあります。「私はこの人をどう理解するか」ではなく、「この人から、この人の世界の見え方をどう教えてもらうか」へと視点が移り、主客の構図を超えていくのです。

探究や学びにおいてさらに重要なのが〔二〕の「高く心を悟りて、俗に帰るべし」です。これは、ICIにおける理論と実践の往還そのものだといえます。

成人発達理論、インテグラル理論、キャリア理論、スーパーヴィジョンなどを高度に学ぶ。しかし相談者の前では、理論を説明するのではなく、目の前の具体的な「この人」に向けて対話する。つまり、高く学ぶことと、無心に相談者に習うことは矛盾しない。むしろ、高く学んだからこそ手放せる。

そして〔一〕がそれを時間軸に広げています。理論や方法は変わってよい。AIが入ってもよい。支援方法も変化してよい。しかし、「何のために、誰に向き合っているのか」という核心を見失えば、単なる流行への追随になる。逆に核心や本質を問い続けるからこそ、方法は変化せざるを得ない。

『三冊子』から引き出される本稿の論理を凝縮すれば、「本質を見失わず、必要な変化を引き受ける」ことから始まり、「高く学び、現場へ帰る」、そして「対象そのものに学ぶ——相談者のことは相談者に習う」という流れになると思います。

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