
1986年に刊行された、『パラダイム・ブック』という本があります。
いま読むと、そこに並んでいる言葉には、当時の独特の匂いがあります。ニューサイエンス、トランスパーソナル、意識の進化、自己組織化、ホーリズム。どれも当時は、新しい時代の扉を開く言葉として響いていました。
現代から振り返ると、その後の研究によって位置づけが大きく変わったものもありますし、いささか大胆に語りすぎているところもあります。
この本を現在の世界理解の手引きとしてそのまま使うのは、難しい。それでも、私はこの本がとても好きで、重要な一冊だと感じています。
なぜか。ここにはまだ、「その後」が書かれていないからです。
「その後」が書かれていない本
本書が出版された1986年は、ケン・ウィルバーはまだ、インテグラル理論を生み出してはいませんでした。四象限も、AQALも、現在私たちが参照しているような統合的な枠組みも、まだ十分には形になっていません。
にもかかわらず、後のインテグラル理論が向き合うことになる問いの多くは、すでにそこにあったのです。
- 世界を細かな要素へ分解して理解するだけでよいのか。
- 生命を機械のように捉えてよいのか。
- 心や意識は、物質へ還元するだけで説明できるのか。
- 人間の成長には、単なる適応を超えた方向性があるのではないか。
- 異なる学問領域や思想は、互いに無関係なままでよいのか。
いわゆる還元主義を超える試みや問いが、物理学、生命科学、システム論、心理学、意識研究など、さまざまな領域から紹介され、並べられていました。
まだ描きかけだった世界の地図
それぞれの領域(Realm)を、それぞれ誰かが別々に測り、ここには山がある、こちらには川が流れている、その向こうにはまだ知られていない土地がある、と気ままに書き込んでいる、そんな印象があります。ある意味、この本は少し古い地図に似ています。
現在の地図と比べれば、道は粗く、境界も曖昧です。後から名前が変わった土地もあれば、当時は重要に見えた道が、いまではほとんど使われていないこともあります。けれど、古地図を眺めると、今の道がなぜそこを通っているのかが見えてくることがあります。
「すべてはつながっている」の、その先へ
後年のウィルバーは、このような領域の古地図を、現代の地図として描き直そうと試みていたのだと思います。
物理学も、生命も、心理学も、精神性も、すべて同じものだと言ってしまえば、世界は一見きれいにつながります。しかし、異なるものを区別しない統合は、ときに重要な違いまで消してしまいます。そこで必要になったのは、何でも一つにまとめることではなく、それぞれの領域の違いを残しながら、なお全体として見渡せる方法だったのでしょう。
現在のICIが立っている場所から振り返ると、この点はとても示唆的です。
現在地から振り返る
ICIでも、キャリア発達、成人発達、対人支援、関係性、組織、社会、そして一人ひとりの内的な経験を、一つの理論だけで説明しようとはしていません。異なる視点を往復しながら、その人、その場、その時点に必要な見方を探していきます。
だからこそ、現在使っている考え方だけを見るのではなく、その前にどのような問いがあり、どのような試行錯誤があったのかを知っておくことには意味があります。
『パラダイム・ブック』は、いま私たちがそのまま持ち歩く地図ではありませんが、現在の見取り図がどのような土地の上につくられてきたのかを知るためには、古い地図の方が多くを語ってくれるのです。
古地図が教えてくれる現在地
そこには、まだ未整理の問いがあります。行き止まりになった道もあります。そして、その後に別の道へとつながっていく小さな痕跡も残っています。
古地図を見る意味は、昔を懐かしむことではなく、いま自分たちがどこに立っているのかを、目撃者の視点(Witness)で少し遠くから確かめられることにあります。
1986年の『パラダイム・ブック』は、私にとって、そんな一冊です。
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