人間支援観はどこへ向かうのか――京大潮流にみる成長の軌跡

心理臨床の歴史を眺めていると、ときに、それが単なる理論の交替ではなく、人間理解そのものが少しずつ成熟していく過程のように見えてくることがあります。戦後の京都大学における心理臨床の歩みも、私にはそのような長い成熟の物語の一場面として映ります。
戦後間もない頃、京都大学では、現在私たちが思い描くような臨床心理学は、まだ独立した専門領域としては確立していませんでした。人を理解する営みの中心にあったのは教育心理学であり、心理的援助もまた、教育の延長線上で捉えられていました。
その基盤づくりを担っていたのが、教育心理学者の正木正《まさき まさし》です。
1950年代、正木は教育心理学講座を率い、戦後日本における教育心理の枠組みを着実に整備していきました。そこでは、人は教育的働きかけの中で形成されていく存在として理解され、相談や援助にも、どこか「育てる」というニュアンスが色濃く残っていました。
この時代の関心事は、まず「社会の中で機能する主体をいかに育て、いかに適応を支えるか」。
高度成長へと向かう社会状況を考えれば、それはきわめて自然な問いだったと言えるでしょう。この時期の日本の心理支援は、社会化と適応を主題とする「学生期《がくしょうき》」的課題に、強く軸足を置いていたように思われます。
しかし同じ頃、日本の心理学界には、海の向こうから新しい思想が静かに流れ込み始めていました。カール・ロジャーズによる来談者中心療法(Person centered approach;PCA)、いわゆる非指示的アプローチです。
興味深いことに、正木はこの動向に関心を持ち、教育心理学の立場からロジャーズ理論を紹介し、その教育的可能性に言及していました。友田不二男先生が、エンカウンターグループを広める活動を行ったのもこの頃からではないか思われ、正木先生のいる京大との交流もあったそうです。
もっとも、ロジャーズ本人の来日(1961年)は正木の没後の出来事であり、当時の京大における姿勢は、まだ初期的、探索的な段階にあったと見るのが自然でしょう。
当時の京大教育心理の主調は、あくまで教育的働きかけの文脈にありました。非指示の思想は紹介され、理解も試みられていましたが、学派全体の中心潮流として定着したとまでは言い切れません。いわば、日本のPCAは、この時点ではまだ「夜明け前」の空気の中にあったとも言えるのかもしれません。
それでも、この時期に芽生えた関係性を重視するアプローチへの関心は、日本の心理臨床に確かな変化の兆しをもたらしていました。人を単なる適応主体としてではなく、内的体験をもつ存在として尊重する視点が、徐々に前景に浮かび上がり始めていたのです。人間理解が内面志向へ一歩踏み出した「家住期《かじゅうき》」への移行ともいえるでしょう。
そして1960年代半ば、もう一つの重要な動きが加わります。スイスで分析心理学を学んだ河合隼雄が、日本へ帰国したのです。
河合はユング心理学の訓練を受け、留学中に箱庭療法とも出会っていました。帰国後、これらの視座と方法を日本の臨床実践の中に紹介していきます。ユング心理学に基づく無意識論、象徴理解、イメージの重視――それらは、当時の臨床家たちに、関係理解とはまた異なる質の「深さ」を感じさせるものでした。
高度経済成長期に入り、相談現場には、それまでとは質の異なる苦悩が持ち込まれ始めていました。理由の定まらない不安、思春期の深い葛藤、家族関係の複雑なもつれ。そうした事例に向き合う中で、関係を丁寧に聴くだけではなお届かない層があるのではないか、という臨床的実感が、静かに共有されつつあったのです。
そのタイミングで提示されたユング心理学と箱庭療法は、「家住期」の持つのオレンジ段階の合理性、適応志向の日本の臨床文化に手応えをもって受け止められました。やがてその影響は京都大学の臨床研究・実践の重心にも波及し、無意識や象徴を重視する深層志向の臨床が、強い存在感を持つようになっていきます。
ただし、この変化を単純な主流学派の変遷として理解するのは、やや乱暴かもしれません。実際には、教育的理解、関係的理解、そして深層的理解という三つの志向が折り重なりながら、人間理解の焦点が少しずつ深い層へと降りていく、緩やかな重心移動でした。
そして現在、キャリア支援や対人支援の現場に目を向けると、次のような問いが浮かび上がります。
すなわち、人は生涯にわたり、自己と世界を理解する枠組みそのものを更新し続ける存在なのではないか、という問いです。
客観的には安定や成功を手にしているにもかかわらず拭いきれない空虚感、役割移行期に生じる自己理解の揺らぎ、人生中期以降に顕在化する意味の再編への要請。こうした現象に向き合うとき、私たちは「人はどのように適応するか」という問いだけでは、不十分ではないかという感覚に行き当たります。
近年、成人発達理論やライフキャリア研究の一部では、まさにこの縦方向の変容過程に光を当てようとする試みが、積み重ねられています。キャリア支援の実践領域においても、適応や意味づけの支援に加えて、意味構造そのものの発達的再編に関心を向ける動きが、徐々にではありますが見られるようになっています。
もし、この長い流れを人の生涯発達の比喩で表現するなら、日本の心理臨床とキャリア支援は、社会化と適応を主題とする「学生期」を経て、さらに関係と内的意味の探究を深める「家住期」を歩み、いま、より長い時間軸の中で人の変容を見つめ直す「林住期《りんじゅうき》(白秋期《はくしゅうき》)」的な問いへと、静かに差しかかりつつあるのかもしれません。
こうした文脈の中で、近年提示されている発達志向という視座もまた、人間理解の重心が歴史的に少しずつ深まってきた延長線上で、自然に浮かび上がってきた一つの応答として位置づけることができるでしょう。
夜明けとは、気がついたときに地平がわずかに明るみ始めている――歴史の変化は、しばしばそのようなかたちで、私たちの前に現れるのだと思います。
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