アーバン・ベア——境界線が揺らぐ時代に

最近も各地でクマの出没が続いていますね。
しかも、人をほとんど恐れず民家にまで入り込む個体が増え、「アーバン・ベア(都市適応型のクマ)」と呼ばれるようになってきました。
本来、クマは「人の生活圏」と「山域」、そのあいだにある“境界線”を敏感に嗅ぎ分けて共存してきた生き物です。
しかし今、その境界が少しずつ崩れています。
- 気候変動による餌不足
- 林業衰退で里山が管理されなくなる
- 過疎化で“人の気配”が薄れる
- 温暖化で行動圏が北上・拡大
こうした要因が重なり、人と自然のボーダーがにじむように消えていく“ボーダーレス化” が進行しているのです。
もしかすると、これは「境界線が揺らぐ時は、新しい共存モデルを考える時ですよ」という、生命圏からのメッセージなのかもしれません。
■ 都市に「適応」し始めるクマたち
最近の調査では、札幌周辺や東北の中山間地域を中心に、都市環境に合わせて行動を変えるクマが増えていると報告されています。
- 深夜を避け、朝夕の“薄明薄暮”に活動
- 車や人の声への慣れが進む
- 電気柵・爆竹への忌避反応が低下
- 狭い緑地帯を使いこなしながら安全なルートを設定
つまり、都市を読み、都市に合わせて行動を最適化する能力が高まっているのです。
研究者はこれを「アーバン・アダプテーション(都市適応)」と呼んでいます。
エピジェネティクスの視点で見ると、
“一世代の学習” が “次世代の発達” に影響する可能性もあり、進化と学習が同時並行で進むダイナミックな現象と言えます。
■ 海外で注目される「Problem-Solving Bear」

興味深いのは、海外では “問題解決型のクマ” が研究テーマになっていることです。
北米では、都市化の進んだ地域で、
- 車のドアを開ける
- ゴミ箱ロックの破り方を覚える
- 仲間同士で学習内容を「共有」する
- ときに“道具使用の前段階”のような行動も
といった、高度な学習・適応行動が観察されています。
ただし、知性の進化というより、
環境プレッシャー × 学習機会 × 遺伝子発現(エピジェネティック)
という掛け算で起きている可能性が示唆されており、その結果、クマの“柔軟性”が引き出されている。
と見る研究者が多いようです。
日本でも、これに近い傾向がゆっくりと広がりつつあるのかもしれません。
🌱 ICI視点のまとめ:アーバンベアは「脅威」だけではない
アーバンベア現象は、単なる“危険生物のニュース”ではなく、
ヒト—自然—生命圏の関係性が変わりつつあることを示す、大きなサイン
と捉えることもできます。
[競存 → 相互理解 → 共鳴 → 共生 → 共創]という未来への流れの中で、クマの側にも「適応しようとする意思」が感じられるとしたら、それはとても示唆的です。
そして、人間の側にも問われています。
排除でも放置でもなく、“共生のための教育的まなざしで伴走する”
新しい関係モデルをどうつくるか。
アーバンベアの問題は、未来の「ヒトと生命圏の関係性」を考えるための、とても豊かな教材なのだと思います。
📚 参考出典
Chambers, H. R. & O’Hara, S. J. (2023).
Problem-solving and spontaneous tool-using ability in European brown bears (Ursus arctos arctos).
Animal Behaviour and Cognition, 10(1), 40-61.
- 17頭の飼育個体を対象にしたパズルボックス等の操作実験。
- 一部個体が「ラッチ(留め具)操作」で成功。
- 一方で「自発的な道具使用」は確認されていない。
- 大型孤独性動物が“大きな脳をどう行動柔軟性に使うのか”を探る研究。
補足:Problem-Solving Abilities in Bears(英国・University of Salford ほか)プロジェクト概要。
※注意:これらは主に飼育環境での認知科学的研究であり、都市型クマの行動そのものを直接検証したデータではありません。



