キャリア形成に関する理論は数多く存在しますが、特に著名なのは、1978年に提唱されたキャリア・アンカー理論と、1999年に提唱されたプランド・ハプンスタンス理論です。これらの理論は約20年の間隔を空けて提唱されており、2020年代初頭には、新たな理論が登場する可能性も考えられます。

これらの理論が生まれる背景には、当時の社会環境が大きく影響しています。2020年現在の日本では、「働き方改革」や「多様性」への対応といった政策の変化に加え、東京オリンピックによる経済的な変化も想定されていました。しかし、予測をはるかに超える新型コロナウイルス感染症の世界的流行(コロナ禍)が起こり、社会は大きく変化しました。このような「VUCA時代(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の高い時代)において、どのような新しいキャリア形成理論が提唱されるのでしょうか。

1978年;キャリア・アンカー(エドガー・シャイン)
変化に弱い理論

キャリア・アンカーは、1978年にマサチューセッツ工科大学の組織心理学者であるエドガー・シャイン博士が提唱した理論です。

この理論は、「自身の適性や価値観に合わせて、計画的に経験や知識・スキルを積み重ね、キャリアを形成する」という考え方に基づいています。職業やポジションなどの目標をあらかじめ設定し、計画的な行動によって自己実現を目指すというものです。

しかし、この理論は変化に弱いという側面があります。自身の適性や価値観が明確になっていない若年層にとっては、適切な目標を設定することが難しい場合があります。

高度経済成長期には、計画や見通しに基づいた行動が成功につながりやすい時代でした。そのため、多少の窮屈さがあっても、目標管理を徹底することで成果を上げることができました。失敗は成功の糧となり、努力すれば目標を達成できるという考え方が一般的でした。この時代は、理想的なビジョンを描き、計画を立て、それを実現していくことが重視されました。「シックスシグマ」などの品質管理手法(TQM)が流行したのも、このような時代背景があったからです。

1999年;プランド・ハプンスタンス(ジョン・クランボルツ)
変化に強いが、実践が難しい理論

プランド・ハプンスタンスは、スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授が1999年に発表した理論です。変化の激しい現代社会に適したキャリア構築理論と言えるでしょう。

この理論は、「キャリアは偶然の出来事によって形成される。計画を立てるよりも、広い視野を持ち、偶然の出会いや出来事を積極的に受け入れ、それを必然に変えていく」という考え方に基づいています。好奇心、柔軟性、楽観性、冒険心、持続心の5つの要素を重視し、変化に柔軟に対応することでキャリアを形成します。

この考え方は、変化の激しい時代において、将来への不安を軽減し、可能性と選択肢を広げ、挑戦を容易にするものです。

2000年頃は、新世紀への期待感が高まり、IT業界などの新しい分野が成長した時代でした。変化に柔軟に対応できる楽観性や期待感が社会を覆っていました。価値観が多様化し、若い世代の登場やコミュニケーション手段の多様化によって、人々の価値観はさらに多様化しました。失敗を恐れず、新しいことに挑戦することがクールであるという風潮があり、「プランド・ハプンスタンス」は、そのような挑戦を後押しする理論として支持されました。

この理論は、当時の社会背景を理解する上で非常に分かりやすいものでしたが、具体的な実践方法については十分に示されていませんでした。

「プランド・ハプンスタンス」から20年、インテグラルキャリア研究所では、予測不可能な時代における新しいキャリア形成理論として、「キャスケーディング・ドロップ・ウォーターを考えてみました。

2020年;キャスケーディング・ドロップ・ウォーター(インテグラルキャリア研究所)
個を超えたキャリア

キャスケーディング・ドロップ・ウォーターは、ガラス面を流れ落ちる水滴をイメージした理論です。最初は小さな水滴が、徐々に大きくなりながら下へと流れ落ちていきます。途中で隣の水滴と合体したり、突然勢いよく流れ落ちたりすることもあります。その動きは、偶然(プランド・ハプンスタンス)というよりも、セレンディピティ(予期せぬ出会いや発見)に近いと言えます。

この理論の重要な点は、キャリアを個人だけのものとして捉えるのではなく、水滴のように互いに影響し合うものとして捉えることです。例えば、結婚は二人の個人が家族という集団を作り、家族の集団が社会を作るというように、全体の中に部分が含まれ、部分が全体を含むという「ホロン構造」として捉えます。これは、「インテグラル理論」に基づいたキャリア成長理論です。

現代社会では、「多元主義」や「個人主義」といった価値観(ミーム)が広がっています。これは、ガラス面に小さな水滴がたくさん付着している状態に似ています。今後は、水滴同士が急速に合体し、大きな流れとなっていくでしょう。全体性を保ちながら成長していくのか、それとも一気に流れ落ちてしまうのか。「ティール組織」(社員一人ひとりが目的意識を持ち、組織全体が有機的に機能する組織)への移行が、今後の課題です。

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