インテグラルキャリア論における「四住期」の意義
インテグラルキャリア論では、人のキャリアを単なる「仕事」や「職業の経歴」として捉えるのではなく、誕生から死、さらにはその先にまで意識を広げた 全生涯の“生き様”として捉えます。この視点において、ヒンドゥの伝統に根ざす「四住期(アーシュラマ)」の概念は、極めて本質的かつ有効なフレームワークとして位置づけられます。
「四住期」は人生を四つの時期 ― 学生期、家住期、林住期、遊行期 ― に分け、それぞれに異なる役割・価値・成長課題があると説きます。これは単なる時間的区切りではなく、内的成熟の段階でもあります。そしてこの段階的な進化の中に、“自立”から“自律”、さらには“自在”を経て“而今”へと至る心の成長が重ねられています。
学生期:自立に向けての基盤づくり
学生期は「学び」によって自我を育み、社会に出る準備を整える時期です。ここでは知識やスキルだけでなく、「誰として生きるか」というアイデンティティ(自己定義)の土台が築かれます。インテグラルキャリアにおいては、この段階での学びが、後の各フェーズの「統合された自己」形成に不可欠とされます。
家住期:他者との関係性の中での自律
家住期は、家族・仕事・社会との関わりの中で自己を発揮する壮年期。自我の確立を前提に、他者とともに生きる術を身につけ、責任を担いながらも、自分なりの「役割」を発見していきます。この段階は、AQALの右象限(行動・制度)と左象限(価値・文化)の統合を体験的に学ぶ時期とも言えるでしょう。
林住期(白秋期):自己実現と意味の再定義
林住期は、外界での役割から一歩引いて、内的探究に入る時期です。職業や家庭の義務から解放され、「自分は何のために生きてきたのか」「これから何を為したいのか」といった問いに向き合うことになります。これはインテグラルキャリアにおける「第三の人生=黄金期」と重なり、最も深く豊かな自己実現の可能性が開かれる時期です。
遊行期:自己超越と死の受容
人生の最終章である遊行期は、蓄積してきたすべての知恵と経験を手放し、「在るがまま」に至る]時期。ここでは死の準備=人生の完成として、「個」としての境界を超えた統合と覚醒が追求されます。この段階は、自己超越のプロセスとしてのキャリア終盤を意味します。
四住期の活用:キャリアの再定義
四住期の視点は、現代人のキャリアに対する悩みやモヤモヤ―「このままでいいのか」「次に何を目指すのか」といった問い―を、人生全体の文脈で再定義する契機を与えてくれます。特に「林住期(白秋期)」に差しかかる50代以降は、社会的な役割から一歩退き、“内なる声”に耳を傾け直すべき重要な転換点です。
また、インテグラルキャリアでは「シャドー」として扱われる未消化の経験や内的葛藤を、四住期の各段階での成長課題として位置づけ直し、癒しと統合を経て、より自由で創造的な生き方へと導く支援を行います。
「私の生き方は道楽であり、これがライフワークである」:キャリア、生き様としての仕事
私は白秋期(林住期)の半ばにさしかかっており、孔子のいう耳順(「六十にして耳 順 う」)、従心(「七十にして心の欲するところに従えども、矩を踰えず」)の胸中に至りたいと思うのです。インテグラルキャリア実践とはキャリアを “職”の問題と捕らえるのではなく、四住期という人間の魂の航路を尊重しつつ、各人が自己のタイミングで“いまここ”を生き切る支援だと思います。
「働くことは、生きること」「生きることは、成長し、還っていくこと」
そのように捉えるとき、四住期の教えは私たち一人ひとりのキャリアに、深く静かな光を灯してくれるでしょう。